名古屋市工業研究所に勤務する、小玉秀男氏は、初めて3Dプリンターのアイディアをこの世にもたらした人として、知る人ぞ知る人物です。
3Dプリンターテクニックの革命的、画期的発想を得たのは、なんと新聞発行における印刷プロセスからだったと言う事です。
ガラス板の台座に液体樹脂が塗られており、その樹脂に光が当たると、その部分だけが固まる性質があり、洗い流すと固まった部分だけが盛り上がるのです。
文字の部分だけが盛り上がってハンコのようになり、それで新聞の活字を印刷する、という今では当たり前のような仕組みですが、
それが、光造形技術の基礎となり、現在の3Dプリンターの革命的な製造方法となったのです。
1980年代に3Dプリンターの基本形のものは開発されましたが、高価で、特殊な制御が必要でした。
1983年にアメリカ人のチャック・ハルが、stl(Standard Triangulated Language)とよばれる、3Dデータの保存方式を発明、
3年後の1986年には、現在でも米国大手の3D Systemsという会社を設立し、1987年にはSLAと呼ばれる3Dプリンターを商品化しています。
現在の3Dプリンターでなんでもクリエイトでき、多くの医学や工業のフィールドで魔法の機械のように革命的に活躍する3Dプリンターは、
80年代から何と日本人の素朴なアイディアにより発明の一歩を踏み出し、実現していったのです。
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